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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(行ツ)69号 判決

鳥取県米子市角盤町二丁目六六番地

上告人

有限会社 梅原商事

右代表者代表取締役

梅原正顕

右訴訟代理人弁護士

吾郷計宜

鳥取県米子市西町一八番地の二

被上告人

米子税務署長

森尾英己

右指定代理人

菅谷久男

右当事者間の広島高等裁判所松江支部昭和五七年(行コ)第二号法人税額更正決定処分及び賦課決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五九年二月二九日言い渡した判決に対し、上告人から、全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吾郷計宜の上告理由について

上告人の確定申告に係る本件第一建物の取得価額に対する本件第一次及び第二次年度分の各減価償却費、新ビルの取得価額中第一建物の取壊し費用に対する第三次年度分の減価償却費並びに第二次年度分における第一建物除却損はいずれも当該各事業年度の損金に計上すべきものでないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、結論において正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎)

(昭和五九年(行ツ)第六九号 上告人 有限会社梅原商事)

上告代理人吾郷計宜の上告理由

一 原判決の認定

(一) 原判決は、上告人が申告した本件第一建物取得価格二一〇〇万円(内売買代金一三〇〇万円、立ち退き料八〇〇万円)に対する各減価償却費(第一次年度分二四八万四九九九円、第二次年度分一五三万三六五八円)、改築した建物の取得価額(第一建物の取毀費用)三六万〇一〇〇円に対する減価償却費(第三次年度分二万〇一六五円)及び第二次年度分の建物除却損一六九八万一三四三円について、第一建物の売買代金、立ち退き料、取毀費用はいずれも借地権の取得価額と考えるべきであるとして、当該各事業年度における損金算入を否定した。

(二) 原判決は、右結論を導くについて、次の如き基礎的事実を認定している。

1 上告人が本件第一建物を昭和四八年四月一三日、訴外津田から代金一四八〇万円(ただし、後日一三〇〇万円に減額された)で買受けるについて、その売買代金の中には建物代金の外に、第一土地の借地権の分も含まれていた(原審判決で引用されている第一審判決理由中二、2、(一)、(3))。

2 上告人は、第一建物を改造して賃貸する計画のもとに、津田と売買契約を締結し右計画実現のため準備をしたものの、思うように進捗せず、また不意の出費を余儀なくされたため、昭和四八年一〇月ころには右計画を再検討し、新ビル建築の意向に傾き、遅くとも売買代金を支払い終わつた同年一二月四日までには右建物を取毀して跡地に新ビルを建築することに計画を変更していた(同二、2、(二)、(2))。

3 右計画変更に先立つて、第一建物の入居者中田に同建物の改造についての同意を求めていたところ、同年九月、右中田は八〇〇万円の立ち退き料を受取ることにより同建物を立ち退くことを承諾した(同二、2、(二)、(1)、(二))。

4 第一建物及び借地権について、津田と上告人との間に売買契約がなされたのは昭和四八年四月一三日であるが、その所有権及び借地権が津田から上告人に移転した時期は昭和四八年一二月四日である(同二、2、(三)、(3))。

5 上告人が第一建物の取毀しに着手したのは松和建設が工事を開始した昭和四九年三月六日である(同二、2、(四)、(1))。

(三) そして、原判決は右の認定事実を基礎として次の如く立論している。

以上の事実によれば、上告人が第一建物及び借地権を取得したのは昭和四八年一二月四日であり、上告人は右同日までには第一建物を取毀し、跡地に新ビルを建築することに計画変更しており、取得後一年以内である昭和四九年三月六日には第一建物を取毀していたのであるから、当初からその跡地たる土地を取得、利用するために第一建物を取得したと評価できる(同二、2、(五))。

かかる場合には、上告人が津田に支払つた売買代金、松和建設に支払つた取毀費用はいずれも借地権の取得価額とすべきであり、又、中田に支払つた立ち退き料も借家人を立ち退かせた上で建設を取毀し、借地権を利用するために支出されたものであつて、これもまた借地権の取得価額に算入すべきである。

従つて、前記一の各減価償却費及び建物除却損は当該事業年度の損金に算入すべきではない(同二、2、(六))。

二 原判決の法令違背

しかし、原判決の右判断は、法人税法二二条三項、四項の解釈、適用を誤つたものであり、右法令違背は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(一)1 法人税法二二条三項二号、三号は、法人の事業の用に供される建物は、減価償却資産としてその減価償却費について各事業年度における損金算入を認め、又、右建物を除却した場合に未償却残額があるときは、これを除却損として当該事業年度における損金算入を認めているものと解され、税実務上もかかる取扱いがなされているところである。

2 従つて、法人が建物を取得した場合右の如き税法上の取扱いを受けるのが原則であるが、法人税法二二条三項、四項の趣旨からすれば建物を取得してもそれが事業の用に供することが予定されておらず、減価償却ないし除却損を認める基礎(換言すれば減価償却資産としての目的)が存しない場合には、右の如き建物には減価償却ないし除却損を損金として認めない事がありうるものと解される。

例えば、法人が建物をその敷地の所有権又は借地権と共に取得した場合において、該建物を事業の用に供することを予定せず、当初から取毀してその敷地のみを専ら利用する目的であつた場合である。この場合には建物取得費用や入居者の立ち退き料、建物取毀費用は専ら敷地の所有権又は借地権の取得のために出捐される訳であるから右取得費用等は実質上敷地所有権又は借地権取得の対価と評価しうるのであつて、租税公平の観点からしても減価償却ないし除却損を認めるべきではない事となるものと考えられる。

3 さて、法人が建物をその敷地の所有権又は借地権と共に取得し、その後、短期間に右建物を取毀した場合においては様々な事情が考えられる。

例えば、元々建物を取毀して敷地を利用するつもりで売買契約に及ぶ場合もあろうし、元々は建物を事業のために利用する予定で売買をしたが、その後、何らかの事情の変更が生じて取毀し、結果的に敷地利用をする事となつた場合も想定できる。右の二例の場合、確かに土地付(借地権付)建物を購入して、それを短期間に取毀したという社会的事象は同じであるが、後者の場合は取得した減価償却資産が火災等により滅失した場合と異ならない訳であるから、当然に損金計上が認められるであろうし、前者の場合は法人税法二二条三項、四項の解釈としてこれを認めるべきではない、ということになる。

そうすると、結局、右の場合に損金計上を認めるか否か、換言すれば、建物取得価額等が敷地所有権ないし借地権取得の対価と認められるか否か、の基準は「法人が建物を取得する当初から該建物を取毀して敷地を利用する目的を持つていたことが明らかに認められるか否か」如何にかかわると考えざるをえない。

法人税基本通達七-三-六は、「法人が建物等の存する土地(借地権を含む)を建物等とともに取得した場合……において、その取得後概ね一年以内に当該建物等の取毀しに着手する等、当初からその建物等を取毀して土地を利用する目的であることが明らかであると認められるときは当該建物等の取毀しの時における帳簿価格及び取毀し費用の合計額(……)は、当該土地の取得価格に算入する」と規定しているがその趣旨は右と同旨であろう。

4 更に、右基準のうち、建物を取毀して敷地を利用する目的の判断基準時である「建物を取得する当初」とは、具体的に何事の時点と認めるかが検討される必要がある。

これを短絡的に売買当事者における所有権移転時期と解することはできない。あくまでも、前記1ないし3で述べた「建物取得当初からこれを取毀す目的であつた場合は除却損等を認めない」とする意味及びその趣旨から合理的に解釈しなければならない。

法人が建物を購入する場合、当然売買契約前に一定の事業計画を立案する。購入する建物を何に利用するか、これを利用することによつてどの程度の収益を上げうるか、そうすると、その収益に見合う取得費用はどの程度であるべきか、等々を決定した上で売買の交渉に当たり、契約に及ぶ訳である。

従つて、法人が物を購入する場合には当然にその時点で物の利用目的は定まつており、その取得費用も利用目的によつて左右される事となる。敷地利用目的の場合は、事業計画時点で建物価格は注目されず、出来るだけ無価値に近い評価をする事になるし、逆に建物自体を利用する場合は借地権価格よりも建物価格に注目する事となる。そうすれば、売買代金額の決定にも右利用目的は大きく影響する筈である。

そして、右の経過を通つて、売買契約が締結されれば、この時点で売買上の権利義務関係は確定され、法人の事業計画も確定されたものと評価できる。

即ち、建物利用目的の事業計画に基づき、売買条件を決定し、契約に及んだ場合、その後、事情の変更等により仮に建物を取毀して、敷地利用目的に変わつたとしても、その時点で、変更された目的に応じた売買条件を再検討する事も契約の解除も出来ない訳であつて、その危険は当該法人が負担しなければならない事となるから、契約段階において、取得される当該建物は減価償却資産としての性質を確定するものと考えるべきである。

そして、その後、目的が建物取毀しに変わつたとしても、契約当初に遡つて建物が減価償却資産としての性質を喪失するものと解する根拠は何ら存しない。むしろ、既述の如く、建物が偶々火災等により滅失した場合と同様に評価して何らの不都合もない訳である。

従つて、「建物取毀目的」の有無の判断基準時は、権利確定時=売買契約締結時と考えるべきである。それが法人税法二二条四項にいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に合致する考え方である。

5 以上の次第で法人税法二二条三項、四項の趣旨から、法人が建物の存する土地(借地権を含む)を建物と共に取得した場合においては、「取得原因発生時当初から、その建物を取毀して土地を利用する目的であることが明らかであると認められるときは、当該建物の取毀しの時における帳簿価格及び取毀費用の合計額は当該土地の取得価額に算入する」と解すべきである。

(二)1 ところが、原判決は、前記一、(二)、記載のとおり、上告人が本件第一建物を改造して賃貸する目的=建物利用目的で、昭和四八年四月一三日、右建物をその借地権と共に譲り受ける旨の契約を締結した旨を認定しながら、結論的には建物取得費用等はあくまで借地権取得の対価であるとして、本件減価償却費及び建物除却損の損金算入を認めなかつた。

原判決は要するに、建物利用か土地利用かの目的を評価する基準時を短絡的に建物所有権ないし借地権移転時と考え、当事者間における所有権等移転時期を昭和四八年一二月四日と認めた上で、その当時には偶々上告人の建物利用目的は建物取毀し土地利用目的に変わつていたものとして本件結論を導き出した如くである(上告人としては、当事者間における本件建物の所有権移転時期及び目的変更時期の認定についても重大な事実誤認があるものと考えるが、その点は一応措くこととする)。

仮に、原審認定の通り、建物所有権等が当事者間では昭和四八年一二月四日に移転し、右同日ころまでに上告人の建物利用目的は土地利用目的に変わつていたとの事実が真実であるとしても、利用目的の変更と所有権等移転は全く関連なしに進行しており、右の前後関係は極めて偶然的である。この一点をみても、原審の評価は不合理であり、既述の如き法人税法二二条三項、四項の解釈、適用を誤つたものであること明らかである。

2 結局、本件の場合、上告人と津田と間の売買契約当時においては上告人は本件第一建物を利用する目的であつたのであるから、建物の売買代金、取毀費用、立ち退き料は借地権取得の対価と認めるに故なく、上告人が申告した各事業年度の減価償却費及び除却損は損金として計上されるべき事となる。

三 よつて、民事訴訟法三九四条により原判決は破棄されるべきである。

以上

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